JOURNAL · CHINA, INDIA & THE WORLD
身体をいたわる知恵は、
どう生まれたのでしょう。
身体を動かすこと、息に目を向けること、静かに坐ること。
中国とインドで育った実践をたどり、今日の暮らしとの接点を考えます。

身体を通して、自分を知る
忙しい一日が終わって、ようやく自分の呼吸に気づく。身体に目を向けるきっかけは、そんな身近なところにもあります。
中国で育まれた気功と、インドに根を持つヨガ。どちらにも、身体や呼吸を通して自分を見つめる実践があります。けれども、同じように坐ったり、息を整えたりしていても、その動きを支える考え方は一つではありません。どこで、何のために受け継がれてきたのかを知ると、見慣れた姿にも意味が見えてきます。
このページでは、中国の文化資料や、欧米・香港の研究機関の資料を手がかりに、その歩みをたどります。「気功という名前はいつ広まったのか」「ヨガで耳にするオームは何を表すのか」。気になった問いから読めるよう、歴史と用語を分けてご紹介します。
古い絵が教えてくれる、身体をいたわる知恵
「養生してください」と言われても、何をすればよいのか迷うことがあります。養生は、日々の暮らしの中で身体をいたわり、健やかに過ごそうとすること。中国では古くから、身体を伸ばしたり曲げたり、呼吸を意識したりする方法も、その一部として伝えられてきました。そのひとつが「導引(どういん)」です。
当時の姿を伝えてくれるのが、馬王堆の漢墓から見つかった『導引図』です。長沙簡牘博物館の解説によると、前漢時代の絹に描かれた図には、44の人物がさまざまな姿勢で登場します。年齢や服装も一様ではありません。身体について書かれた言葉だけでなく、人の姿を通して、昔の養生に触れられる資料です。
図を眺めるときは、今の気功と似ているところだけでなく、異なるところにも目を向けてみてください。似た姿勢があることと、同じ実践がそのまま続いていることは別です。何が受け継がれ、何が変わったのか。古い絵は、そんな問いを持って歴史を読むきっかけになります。
「気功」という名前が広まるまで
気功の歴史を読むときは、「実践の歴史」と「名前が広まった歴史」を分けてみると、分かりやすくなります。身体や呼吸に関わる古い実践がある一方、さまざまな方法を「気功」という名前で広くまとめるようになったのは、近現代のことです。
研究者デイヴィッド・A・パーマーは、呼吸、運動、瞑想などが「気功」として広まった過程を、1949年以降の中国社会とともに説明しています。それ以前にも「気功」という言葉の用例はありますが、包括的な名称として広く使われるようになったのは、その後のことです。劉貴珍らの活動を背景に、1950年代には専門の診療・療養施設も設けられました。
文化大革命の時期には活動が抑えられましたが、1970年代末から再び広がり、1980〜90年代には大きな流行となります。その背景には、健康への関心だけでなく、社会の変化や信仰、科学をめぐる議論もありました。
「古くから伝わる」と聞いたときには、何を指しているのかをもう一歩確かめてみる。身体の動かし方なのか、呼吸の方法なのか、それらをまとめる名称なのか。その違いを知ると、古い知恵と近代の変化が重なった、今の気功の姿が見えてきます。
人から人へ、海を越えて伝わる気功
中国で親しまれる「健身気功」は、身体の動きと呼吸、心の落ち着きを組み合わせて、自分で取り組む実践です。中国国家体育総局は、これを伝統的なスポーツとして紹介しています。
その学びは、教室や指導者の交流、大会、研究会を通じて海を越えていきました。中国国家体育総局の2015年の活動を伝える報告には、ポルトガルの国際大会、パリの科学フォーラム、ベルギーの指導者研修が記録されています。米国、英国、フランス、ドイツなども、参加者や活動先として登場します。
大会、研究会、指導者研修。それぞれ、出会う人も学び方も違います。気功が海外へ伝わる過程には、こうした複数の場があったことが分かります。ただし、これは活動を進めた中国側の記録です。各地で受け入れられた理由や、参加した人の受け止め方までを、この資料だけで知ることはできません。誰が残した記録なのかにも目を向けると、歴史をより丁寧に読めます。

ヨガは、ポーズだけではありません
「身体が硬いから、自分には難しそう」。ヨガの写真を見て、そう感じたことはありませんか。けれども、その歴史にはポーズの完成度だけでは捉えきれない広がりがあります。インドに根を持つヨガには、呼吸法、瞑想、祈りの言葉を唱えることなど、さまざまな実践が含まれます。2016年には、ユネスコの無形文化遺産の代表一覧表に記載されました。
この登録は、人々が受け継いできた文化を大切にするためのものです。個々の教室や施術、健康への効果を認定するものではありません。
身体の実践を重んじる「ハタ・ヨガ」の歴史を調べると、さらに意外なつながりが見えてきます。英国SOASの研究は、その起源を西暦1000年頃のさまざまな修行の伝統にたどっています。初期の歴史を知るうえでは、仏教の文献も大切な手がかりです。これはハタ・ヨガについての説明で、ヨガ全体の始まりをこの時代に置くものではありません。
同じ「ヨガ」という名前でも、呼吸を重んじる実践と、姿勢を詳しく学ぶ実践とでは、取り組み方が違います。ご自身が何にひかれるのかを考えながら、その教えの背景を知る。そうして学ぶと、目の前のポーズだけでは分からなかったヨガの一面に出会えます。
ヨガが欧米の人々と出会ったとき
ヨガが米国に知られるきっかけをつくった一人に、スワミ・ヴィヴェーカーナンダがいます。1893年、シカゴの万国宗教会議に参加した彼は、インドの考え方を伝える活動を広げていきました。
スミソニアンの解説によると、彼が重視したのは心や精神を深く見つめるヨガでした。1896年には『ラージャ・ヨーガ』を刊行しています。ポーズを中心にヨガを知った方には、少し意外かもしれません。欧米へ伝わったヨガの歴史には、身体を動かす方法とともに、心をどう捉えるかという思想を伝える歩みもありました。
出典:Smithsonian, When Charles Lang Freer Met Swami Vivekananda(英語) ↗︎
19世紀末から20世紀初めのインドでは、健康を意識した実践や、いくつもの姿勢を続けて行う近代ヨガが育っていきます。スミソニアンの展覧会資料では、クリシュナマチャリヤと弟子のB・K・S・アイアンガーが、姿勢を実演する映像も紹介されています。
出典:Smithsonian, Yoga: The Art of Transformation — 展覧会資料(英語) ↗︎
ヨーロッパでは、ヨガを学ぶだけでなく、その歴史を調べ直す研究も進んでいます。欧州研究会議の助成を受け、英国SOASで2015〜2020年に行われたハタ・ヨガ・プロジェクトでは、文献や実践を調査しました。その成果は、欧州や米国の教育にも生かされています。
似ているところも、違うところも大切に
身体を動かすこと、呼吸に注意を向けること、静かに坐ること。気功とヨガには、共通する実践が見られます。ここで分けて考えたいのが、目に見える動きと、その動きに込められた意味です。姿勢が似ていても、何を目指して行うのか、どのような言葉で説明するのかは、伝統によって異なります。
気功とヨガを比べるときは、「どんな動きをするか」に加えて、「どこで受け継がれ、何を大切にしているか」も確かめてみてください。共通点は、親しむきっかけになります。違いを知ることは、それぞれの教えを取り違えずに学ぶ助けになります。
気功の陰と陽
陰陽で見つめるのは、二つの働きの関係と、その移り変わりです。


昼が夜に移り、休んだあとにまた動き出す。陰陽は、こうした二つの働きのつながりを見つめる、中国の考え方です。一日の中には、動く時間も休む時間もあります。陰と陽を読むときは、一方だけを取り出すより、互いの関係や変化に目を向けると理解しやすくなります。そこに、良い・悪いという順位はありません。
参考:Internet Encyclopedia of Philosophy — Yinyang
陰に目を向ける
静かに坐って息を感じる。動きを小さくして、自分の内側に目を向ける。陰は、そんな静けさや内へ収める働きと結びつけて語られます。立ったまま静けさを養う「站樁(たんとう)」もあるので、坐れば陰、立てば陽と決まるわけではありません。
陽に目を向ける
歩く。腕を開く。ゆっくり体重を移す。陽は、そんな外へ広がる動きと結びつけて語られます。導引や、動物の動きを取り入れた五禽戯(ごきんぎ)を知る手がかりにもなります。動いているときにも、心を静かに向ける時間があります。
気功には、静かに取り組む「静功」と、身体を動かす「動功」があります。この分類と、陰陽の考え方は、そのまま重なるものではありません。たとえば、腕を上げたあとには下ろす動きがあり、開いたあとには閉じる動きがあります。一つの実践の中にある変化をたどると、「この動きは陰」「この姿勢は陽」と分類するだけでは捉えきれないことが分かります。
「冷やす」「温める」「気を巡らせる」といった言葉も、伝統の中で身体を説明するために用いられてきました。読むときには、その言葉がどのような考え方の中で使われているかを確かめることが大切です。体調だけで自分を陰・陽に分けたり、現代医学で確かめられた臓器への作用として読み替えたりすることはできません。
参考:中国国家体育総局 — 動功と静功 / 健身気功の伝統文化
陰陽を伝える象徴
- 太極図
- 白と黒は、ゆるやかな曲線でつながっています。白の中には黒い点、黒の中には白い点。一方の中にも、もう一方の働きが含まれていることを表す、と読まれてきました。
- 龍と虎
- 対になる力を表すものとして、絵画や武術、道教の修行などに登場します。ただし、意味は場面によってさまざまです。龍をいつも陽、虎をいつも陰と決めるより、その作品や伝統のなかでどう語られているかを知ると、理解が深まります。
- 日と月
- 日が昇り、月が照らす。そのめぐりは、陰陽を考える身近な手がかりです。気功で語られる「周天」も身体のめぐりに関わりますが、流派によって考え方や修練の方法が違い、日と月のイメージだけで説明できるものではありません。
- 六字訣の音
- 嘘(噓)・呵・呼・呬・吹・嘻という六つの音に、呼吸や簡単な動きを組み合わせる方法です。伝統では肝・心・脾・肺・腎・三焦と結びつけますが、これらは伝統医学の考え方で、現代医学の臓器と同じ意味ではありません。音に注意を向ける点はマントラにも通じますが、生まれた背景や目的は異なります。
硬気功や静功など、気功には目的の異なる実践があります。力強い動きが目を引いても、静かな姿が魅力的に映っても、それだけで優劣は決まりません。実際に学ぶときには、何を目的とする方法なのか、ご自身の身体に無理がないかを確かめてください。
ヨガのマントラと、象徴の世界
ひとつの音に、そっと耳を澄ませる。


マントラは、祈りや瞑想の中で繰り返し唱える、聖なる音や言葉です。声に出す場合も、心の中で唱える場合もあり、用い方は伝統によって異なります。「心を守るもの」と説明されることもあります。響きにひかれることは、その文化を知るきっかけになります。どのような意味を持ち、誰が受け継いできた言葉なのか。背景を知ると、音を聴くだけでは分からなかった祈りにも触れられます。
参考:Himalayan Institute — Why Mantra?
オーム — Oṃ / Aum
ヨガで耳にする「オーム」。「ॐ」は、その音を表す文字です。『マーンドゥーキヤ・ウパニシャッド』では、A・U・Mを、起きているとき、夢を見ているとき、深く眠っているときの意識と結びつけ、さらにその先のあり方を考えます。短い音のなかに、自分や世界を見つめる深い問いが込められています。
参考:Swami Krishnananda — The Mandukya Upanishad
ソハム — So’ham
吸う息に「ソ」、吐く息に「ハム」。呼吸に言葉を重ねて見つめる伝え方があります。「私はそれである」と訳されるソハムには、自分と、世界の根底にあるものとのつながりを考える意味があります。呼吸に注意を向ける点は気功の吐納にも通じますが、背景にある思想は異なります。
参考:The Divine Life Society — Essential Jnana
ビーザ・マントラ — 種の音
ビーザは「種」という意味です。短い音を小さな種にたとえ、神々や土・水・火などの意味を重ねます。下の表は、よく紹介される組み合わせの一例です。音と身体の場所の対応だけを覚えると、共通の決まりのように見えるかもしれませんが、その結びつけ方は伝統によって異なります。医学的な身体の図ではなく、象徴を用いた考え方として読んでください。
| 音 | 象徴の一例 |
|---|---|
| Laṃ(ラム/L) | 土・根の領域 |
| Vaṃ(ヴァム) | 水・骨盤の領域 |
| Raṃ(ラム/R) | 火・臍の領域 |
| Yaṃ(ヤム) | 風・胸の領域 |
| Haṃ(ハム) | 空・喉の領域 |
| Oṃ(オーム) | 眉間など。頂部への配当は一様ではない |
Laṃ と Raṃ は、どちらも日本語では「ラム」と書かれますが、異なる音です。興味を持たれたら、発音や意味を、その伝統を学んだ指導者に聞いてみてください。
参考:Sivananda Yoga Vedanta Centres — Samanu(元素と種音)
ガヤトリー — 光への祈り
古い聖典『リグ・ヴェーダ』に伝わる詩句に由来する祈りです。太陽に関わる神サヴィトリの輝きを思い浮かべ、自分の考えや理解が導かれることを願います。朝の光を思わせますが、朝だけに唱えるものではありません。
参考:Himalayan Institute — The Gayatri Mantra
祈りの背景にある神々

- シヴァ
- 静かに瞑想する姿でも、世界の変化を表す踊り手の姿でも描かれる神です。シヴァを敬う人々の間で、祈りやマントラが受け継がれてきました。
- サラスヴァティー
- 学びや言葉、音楽に関わる女神です。手にする弦楽器ヴィーナや書物が、その姿をよく伝えています。音と言葉を大切にするマントラの文化とも、つながりを感じられます。
- ガネーシャ
- 象の頭を持つ、親しみ深い神です。障害を取り除く神、新しい始まりを見守る神として知られ、祈りや学びを始めるときに敬意を向けられることがあります。
ここでご紹介したのは、多くの神々のうちの三柱です。マントラに込められた意味や祈りの相手は、それぞれの信仰や伝統によって異なります。
参考:The Met — Hinduism and Hindu Art / Saraswati, Goddess of Learning and Music / Ganesha: Lord of New Beginnings
音とともに伝わる、形の象徴
- ハタの太陽と月
- 「ハ」は太陽、「タ」は月、と説明されることがあります。これは象徴としての読み方です。haṭha という言葉には「力・強制」という意味もあり、古い文献を読むと、太陽と月だけでは語りきれない歴史が見えてきます。
- シヴァとシャクティ、リンガとヨニ
- タントラなどの伝統では、シヴァを意識、シャクティを動く力として語ることがあります。リンガとヨニも、シヴァ信仰などで大切にされてきた象徴です。陰陽を思い浮かべる方もいるかもしれませんが、それぞれに異なる背景があり、男女の性質を決めつけるものでもありません。
- ヤントラ
- 静かに眺め、心を向けるために用いられる幾何学的な図です。シュリーヤントラなど、それぞれの神や伝統と結びついた図があります。マントラの音と、ヤントラのかたちを組み合わせる実践も伝えられています。
- ムドラー
- 指を組み合わせた「印」を見たことがあるかもしれません。ムドラーはそうした所作を指す言葉ですが、ハタ・ヨガでは、身体全体や呼吸を使う方法も含まれます。手のかたちだけにとどまらない、広がりのある言葉です。
参考:Jason Birch — The Meaning of haṭha in Early Haṭhayoga / Shakti and Shakta — Shakti as Mantra(伝統解説)
音を聴き、図を眺め、手で印を結ぶ。その姿の背景には、長く受け継がれてきた祈りや実践があります。写真で見た形や耳にした音に興味を持ったときは、名前だけでなく、どの伝統に属し、どのような意味を持つのかまで確かめてみてください。実践に関心があれば、意味や背景も教わりながら、その文化への理解を深めていけます。
A NOTE FOR YOU
気になった言葉から、学んでいく。
初めて出会う名前や言葉を、一度に覚える必要はありません。気功やヨガには、身体を動かすことだけでなく、呼吸や心の向け方を探ってきた歴史があります。「自分には、どのような関わり方が合うのだろう」。読んでいてそう思われた方は、施術の受け方からお尋ねいただけます。
当庵では、気功を中心に、ヨガの呼吸法や意識の向け方を取り入れた個人施術をご案内しています。まずは、今気になっていることや、ご希望をお聞かせください。施術の内容を知り、ご自身に合うかを考えるためのご相談をお受けしています。